大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

仙台高等裁判所 昭和33年(う)502号 判決

控訴人 被告人 松永秀次

弁護人 伊藤俊郎

検察官 福田正男

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役一年に処する。

原審の押収にかかる中古自転車一台(証第一号)は、これを被害者に還付する。

理由

弁護人伊藤俊郎の陳述した控訴趣意は、記録に編綴の同弁護人名義及び被告人名義の各控訴趣意書の記載と同じであるから、これを引用する。

弁護人の控訴趣意一について。

原判決は、押収にかかる証第一号中古自転車一台は被告人の窃取したもので、所有者不明のものであるから、刑法一九条一項三号により没収する旨説示して、これが没収の言渡をしている。記録に徴すれば、右自転車の盗難被害者は不明であることが明らかであり、右自転車は被告人の窃取後約二個月を経て加藤勘治が被告人から四、〇〇〇円で、その後約一個月を経て鈴木正男が更に右加藤から三、五〇〇円で、いずれも盗品たるの情を知らないで買受けたことが認められる。

ところで、従来盗難等贓物の被害者不明の場合を刑法一九条二項のいわゆる「被告人以外ノ者ニ属シナイトキ」と同視し、没収の言渡をなすべきものとする見解があつたのは、その場合被害者に還付する言渡をすればこれを執行することが不可能だから、法律はかように執行不能の処分をすることを要求するものとはみられないという理由に基いたものである(大審院大正四年(れ)六九六号同年五月二日判決)。しかし、この場合被害者の存在することは明らかであるから、「被告人以外ノ者ニ属シナイトキ」とみるのは不当であるのみでなく、右判決後被害者不明の贓物に関する還付手続の規定(旧刑訴法五六〇条、新刑訴法四九九条)が設けられて解決の途が開かれているのであるから、還付の言渡の執行不能をもつて理由とすることはできないのであつて、右の見解は合理的でなく、もはや維持せられ得ないものというべきである。そして、被害者不明の場合被害者の存在することは明らかであり、ただその何人であるか不明であるに過ぎないから、刑訴法三四七条一項にいう「被害者に還付すべき理由が明らかなもの」に該るものと解するに何等妨げなく、従つてこれを被害者に還付する言渡をなすべきものであり、没収の言渡をなすべきでない(最高裁昭和二八年(あ)一五七〇号同三〇年一月一四日第二小法廷判決((最高裁判例集九巻一号五二頁)))。(なお、最高裁昭和二六年(あ)二五四号同二七年六月二六日第一小法廷決定((裁判例集刑六五号四二五頁))は、所有者不明の場合には犯人以外の者に属しないものとしてこれを没収し得べきものとしているが、事案の内容は麻薬であつて、むしろ法禁物の場合である。)

この理は、贓物が犯人から情を知らない第三者に譲渡されて、その第三者から押収になつた場合でも、何等変るところなく、被害者に還付すべきものであつて、この点に関する所論は当らないが、没収すべきでないとする点においては正当である。

以上の次第で、これが没収の言渡をなした原判決は、法律の解釈適用を誤つたもので、その誤りが判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、破棄を免れない。論旨は結局理由がある。

そこで、弁護人及び被告人の量刑不当の控訴趣意に対する判断は後記自判の際おのずから示されるのでここに省略し、刑訴法三九七条三八〇条により原判決を破棄し、同法四〇〇条但書により当裁判所において更は次のとおり判決することとする。

原判決の認定した事実に法律を適用すると、被告人の原判示所為は各刑法二三五条に該当するところ、以上は同法四五条前段の併合罪であるから、同法四七条本文一〇条により犯情の重いと認める原判示第一の罪の刑に併合罪の加重をなした刑期範囲内で、被告人を懲役一年に処し、原審の押収にかかる中古自転車一台(証第一号)は原判示第一の被告人の窃取した贓物で、被害者に還付すべき理由が明らかであるから、刑訴法三四七条一項に従いこれを被害者に還付する言渡をなすべく、なお原審及び当審における訴訟費用を被告人に負担させないことにつき同法一八一条一項但書を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 門田実 裁判官 細野幸雄 裁判官 山田瑞夫)

弁護人伊藤俊郎の控訴趣意

一、原判決は判示第一掲記の中古自転車一台を所有者不明のものとしてこれを没収すべき旨判示している。しかし原判決引用の加藤勘治作成の答申書及び鈴木正男作成の買受事実始末書の各記載によれば、右盗品は被告人においてこれを窃取した後約二ケ月を経た昭和三十三年四月ころ加藤勘治が被告人からその盗品たるの情を知らずしてこれを金四千円をもつて買受け、その後同年七月ころ鈴木正男が更に同人からその情を知らずしてこれを買受けた事実が明らかである。果して然りとすれば右盗品の所有権は所有者の回復請求を為し得べき期間内もこれを買受けて現にこれを占有する右鈴木正男の所有に属するものと解するのが相当であつて、仮りにそうでなく右期間内に回復請求のない限り右期間の経過をもつて初めて右鈴木正男の所有に帰するとしても右鈴木は右期間内に回復請求のない限り右期間の経過をもつて当然にその所有権を取得すること明白であるから右物件について条件付所有権を有するものというべくこの条件付所有権の存在を無視することは到底許さるべきことでない。従つて右物件はいづれの観点からしても決して所有者不明のものということができずこれを所有者不明のものとして没収すべきものとした原判決は法律の解釈適用を誤つた違法があつて破棄を免れない。

(その他の控訴趣意は省略する。)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例